【中央競馬予想】東京優駿(2022年5月29日 東京11R)

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今週はいよいよ日本ダービー。

競馬を始めてから、もっとも思い出に残っているダービーは2003年のダービーだということは、以前にこのブログでも書いたことがあると思う。

ネオユニヴァースが勝った2003年のダービーだ。

前日から渋谷でオールして、現地で、しかもゴール板前で見たダービー。

ミルコの涙は今でも忘れられない。

一方、競馬を見始めて20数年。

一番、印象にないダービーはどのダービーだろうか

ということで、過去のダービーを振り返ってみたい。

ダービーの記憶

そもそも、僕が競馬にのめりこむ前から、ダービーの記憶はある。

一番古い記憶は、フサイチコンコルドが勝った1996年のダービー。

当時は高校生だったが、競馬好きの友人たちが大騒ぎしていたのを覚えている。

そこからさかのぼっていくと・・・

1997年サニーブライアン。

これも覚えている。

やはり競馬好きの友人たちが大騒ぎしていた。

1998年スペシャルウィーク。

この前年、すなわち1997年の朝日杯3歳Sが僕の競馬の原点。

なので、スペシャルウィークのダービーももちろん覚えている。

「けっ!グラスワンダーが出れたら一蹴しているのに!」

と思ったものだ。

1999年アドマイヤベガ。

大学に入って最初のダービー。

これもはっきり覚えている。

ユタカがやっと勝てたと思ったら連勝かよ、と思った。

2000年アグネスフライト。

ああ、これも印象深い。

エアシャカールを応援してた。

でも、河内の夢がかなった瞬間は、ああよかったな、と思ったものだ。

2001年ジャングルポケット

人生で2番目に印象深いダービーはこのときかもしれない。

外国産馬に解放されたダービー元年。

クロフネを応援していた。

もう時効だと思うから言うが、学生の身分でクロフネの馬券を買っていた。

結果は5着。

レース映像をリアルタイムで見られなかったが、家に帰ってレースを見て、

ああ、これは仕方ない

と思ったものである。

それくらいジャングルポケットが強かった。

2002年タニノギムレット

応援していたのはシンボリクリスエスだった。

マイラーだと勝手に決めつけていたタニノギムレットに差し切られたときは、自分の見る目のなさを恥じたものだ。

2003年は割愛するが、このダービーが僕にとってはもっとも印象深いダービーだということは繰り返し伝えたい。

2004年キングカメハメハ。

そんなローテ、通用するわけねえ

と高を括っていたが、またもや自分の見る目のなさを恥じることになるとは思いもしなかった。

2005年ディープインパクト。

もう、勝つのはわかっていたので、どんな勝ち方をするか。

それしか興味がなかった。

2006年メイショウサムソン。

こんな渋いダービーがあってもいいもんだな、と思った。

2007年ウオッカ。

後だしジャンケンと言われるかもしれないが、十中八九、ウオッカが勝つと思っていた。

確たる理由はなかったけれど、雰囲気で、ああ、これはウオッカが勝つな、と思ったものだ。

2008年ディープスカイ。

うん、たぶん、これが僕にとって一番印象が薄いダービーだ。

まったくレースの映像が脳裏によみがえってこない。

2009年ロジユニヴァース

なんか、泥んこびちゃびちゃの馬場だったなぁ、という記憶と、ノリが勝ててよかったな、という記憶。

2010年エイシンフラッシュ。

このレースは印象深い。

というか、エイシンフラッシュという馬の印象が強い。

とにかく見栄えのする馬だった。

僕が今まで見てきた馬の中でも、シンボリクリスエスと並んで、素晴らしい馬体の馬だった。

さぞかし強いんだろうな、と思ったら、見事ダービーを勝った。

やっぱり馬体が素晴らしい馬は強いんだ、という変な誤解を持ったものである。

2011年オルフェーヴル。

この年も、ディープの時と同じで、どんなふうに勝つのか、しか興味がなかった。

このとき、単勝オッズは確か3.0倍だったと思う。

どうしてこんなに倍率がつくんだろうと不思議に思ったものである。

案の定、すさまじい強さだった。

ちなみに、僕が今まで見てきた中で一番強いと思う馬はオルフェーヴルだ。

ディープインパクトよりも強いと思っている。

あくまで主観なので異論は認める。

2012年ディープブリランテ。

ゴールドシップが勝つと思って見てたら、失速。

じゃあフェノーメノだ、と思ったら、勝ったのはディープブリランテだった。

まあ、そんな記憶。

2013年キズナ。

競馬ファンの間では、最近のダービーはこのキズナのダービーが感動的だった、という人が多い。

僕は、実はそうでもない。

最近こそ好きになってきたが、そもそも武豊騎手がそこまで好きではない。

僕が愛してやまないグラスワンダーの永遠のライバル・スペシャルウィークのパートナーだから、という深層心理があるからだろう。

だから、ユタカの復活という要素が僕にとってはあまり大きな要素ではないのだ。

2014年ワンアンドオンリー。

うーん、この年も印象が薄い。

ディープスカイといい勝負かもしれない。

2015年ドゥラメンテ。

この年も、勝つのはわかっていて、あとはどんな勝ち方をするんだろうな、と思って見ていた。

それくらいドゥラメンテは、過去の三冠馬に匹敵するくらい強い馬、という印象だった。

つくづく、早期引退と早世が悔やまれる・・・。

2016年マカヒキ。

この辺から仲間内でPOGをやるようになった。

後輩がマカヒキを推してて、「いやあ、今年はサトノダイヤモンドだろ・・・」と冷ややかに見ていたが、またしても自分の見るの目のなさを痛感するハメになった。

2017年レイデオロ。

この年もあまり印象がない。

藤沢先生、よかったね、という感じだろうか。

2018年ワグネリアン。

ブラストワンピースを推していた。

ワグネリアンは勝手にマイラーだと思っていた。

レース結果を見て、十数年前のタニノギムレットとシンボリクリスエスと同じだな、と思ったものだ。

2019年ロジャーバローズ

近年のダービーではこの年の印象が一番強いかもしれない。

え?え?え???

という感じで勝ってしまったロジャーバローズ。

ダービーでこんなことあるんだ?と驚いたものだ。

2020年コントレイル。

やっぱりダービーは喧騒の中でやるべきだなあ、としみじみ思ったダービー。

無敗の2冠馬が出たことはうれしいけど、素直に喜べなかった。

2021年シャフリヤール。

去年のことなのに、あまり印象に残っていない。

強いて言えば、福永騎手が上手かった、ということくらいだろうか。


・・・というわけで、競馬を知り始めてからの日本ダービーを振り返ってみた。

近年、自分自身の興味関心が明らかに地方競馬に移っている。

最近の東京ダービーのレースシーンはすぐに頭の中に描けるのに、日本ダービーのレースシーンはなかなか頭に浮かばない。

中山グランドジャンプは、ここ最近、ほぼ毎年同じ馬が勝っているのに、年ごとの勝ち方を覚えているのに、同じ年の日本ダービーのレースが描けない。

じゃあ、今年はどうだろうか。

正直、今年の出走メンバーを見渡しても、あまりピンとこない。

こういう感覚を抱く年はいまだかつてない。

強いて言えば、ワンアンドオンリーの2014年の感覚に近いかもしれない。

要は、ピンとこないのだ。

ピンとこないときは、まあ、馬券は当たらない。

じゃあ、当てに行くのじゃなく、どの馬を応援するか、決めよう。

まず、馬には申し訳ないのだが、

パワハラ調教師にはダービートレーナーの称号はふさわしくない。

よって、ジオクリフ、イクイノックスは応援しない。

馬には本当に申し訳ないが。

もうダービーを勝ったことがある騎手には、今回は譲ってもらおう。

池添、ミルコ、ノリ、川田、ユタカ、岩田父、福永、ルメールは対象外。

やっぱり、若い騎手に勝ってほしい。

岩田子、横山和、菅原、松山、横山武

あたりだろうか。

あと、ダービー馬の子はダービー馬、というシーンを見たい。

となると、

①アスクワイルドモア

⑦オンニャンコポン

⑯キラーアビリティ

あたりだろうか。

さらにさらに、キラーアビリティ横山武史騎手には悪いが、ディープ産駒はもう十分勝った。

だから、キズナ産駒のアスクワイルドモアか、エイシンフラッシュ産駒のオニャンコポンだ。

上記の通り、僕にとってのダービーの印象度でいえば、

エイシンフラッシュ>キズナ

だ。

したがって、今回のダービーの軸馬は⑦オニャンコポンにしたい。

ふざけた名前の馬がダービー馬になるわけないだろ、という批判もあるかもしれない。

だけど、実はオニャンコポンは由緒正しい名前。

アカン語で天空神のこと。

猫の背中をポンと叩いた、という意味ではない。

むしろダービー馬にふさわしい名前ともいえる。

あの切れる末脚は、まさに父・エイシンフラッシュ譲り。

前走皐月賞も6着とは言え、0.2秒差に肉薄。

直線の長い府中ならば、セオリー通り、末脚自慢になる。

そのとき、オニャンコポンの力が活きてくるのではないだろうか。

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